競馬日記 97

黄金に輝く草原に、彼は堂々と立っていた。

乾いた風がぼくの髪を撫でる。

ここはどこだろう。

名前も知らない場所だけど、そんなことはどうでもいいような気にさせてくれる。

「いよいよ、有馬記念だ」

「そうみたいだね」

「覇気がないぞ」

「出しようがないよ、これだけはずれ続けたら。ぼくの気持ちも考えてくれ」

「今年も負けかい」

「不本意だけど、それが現実みたいだ」

「もちろん逆転は狙うつもりだろ?」

「やるだけはやってみるよ。無駄なあがきだとは思うけど」

「それでこそギャンブラーだ。最後の最後までBETする」

「ほんとはしたくないけどね。例のキャンペーンがあるだろ」

「ああ、あれね、あれ」

「わざわざ罠だとわかっててかかりに行くなんて、ぼくもつくづく頭が腐ってるよ。病気なのかもしれない」

「人はみんな病気だよ。多かれ少なかれ」

「だとしてもだよ。今日のホープフルSもはずれたし」

「史上初めてだろ。1戦1勝の馬が勝利したのは。仕方ないよ」

「2着のフォルテアンジェロはわかってたんだよ。あとちょっとだったのに。阪神Cのルガルだって、パドックでいいのはわかっていた。外枠はきびしいだろうなと思って切っちゃったよ。まさかあんなロケットスタートを切るなんて反則だ」

「それも競馬だよ」

「まったく便利な言葉だよね、それも競馬だ。イラっとする」

「有馬記念の予想はしないの?」

「しないよ」

「どうして?」

「当たらない予想に価値なんてないからさ」

「それも競馬だよ」

彼は、ぼくを見てニヤッとしていた。

馬のくせにすごく嫌味というかフックが効いている。

ぼくは本当にイラっとした。

「はずれるのはいい。ウソをつきたくないんだよ」

「どっかの競馬ユーチューバーみたいに?」

「あまり馬券はうまくないかもしれないけど、すくなくとも他人を騙していない。競馬に関してはね」

「誠実でありたい?」

「ぼくはそんな殊勝じゃないよ。メイショウタバルの単勝を買うつもりだった」

「だった?」

「天皇賞秋が終わったときからね。オッズを見てやめた」

「君の悪い病気が発動だ」

「だとしてもだよ。スローペースはまちがいないんだろう。枠の並びが不気味だ」

「どう不気味なの?」

「武騎手がスタートでヨレそうな気がする。ちょいちょいあるんだよ、G1で。レガレイラとミュージアムマイルはスタートで不利を受けるかもしれない。そうでなくても、2頭ともスタートがあまり早いタイプではない」

「ジャスティンパレスは? ジャパンカップでは不利を受けての5着」

「過去の有馬記念を見直したけど、中山のコーナーが良くないのかもしれない」

「ふむふむ」

「穴はアドマイヤテラかタスティエーラだと思うけど、枠がなあ」

「つまり?」

「ダノンデサイルが信頼性が高い気がする。枠の並びがいい。メイショウタバルを見ながら進んでいけばいいだけだからね」

「ということは、ダノンデサイルの単勝かな?」

「それがちょっと……まいったな」

「なに? まだなにかあるの?」

「君のいう通り、ぼくの悪い病気が発症したみたいだ」

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