
目覚めると、ぼくの目の前に一頭の馬がいた。
「ようやく目を覚ましたみたいだね」
「君は?」
「名前なんかどうでもいいよ。ぼくは君が目を覚ますのをずっと待ってたんだ」
「ぼくを待ってた?」
「心配してたよ。ここのところずっと休んでただろ。明日は秋華賞だ。もちろん買う馬は決まってるんだろ」
「それより、ここはどこかな。やけに星空が綺麗だけど」
「サハラ砂漠だよ」
「サハラ砂漠? どうしてぼくはそんなところに」
「理由なんてないよ。馬券を買うのと同じだろ」
「そうか。そうかもしれない」
「さあ、ぼくの背中に早く乗って。東京競馬場までひとっ飛びだ」
「秋華賞は京都競馬場だよ」
「馬券は東京競馬場でも買えるだろ」
「そうかもしれない。そのまえにエジプトに寄っていいかな。せっかくここまで来たんだ、ピラミッドを見ておきたい」
「あんなの石を積み上げただけのお墓だよ。巨大な三角形をした。昔の王様はどうしてあんなものを作ったんだろう。大勢の奴隷を働かせて」
「実物をこの目で見ておきたいんだ。もう二度と来れないかもしれないだろ」
「君は思ったよりもわがままだね」
「そうかもしれない」
「もうすぐお別れだ」
「唐突だな」
「夢の終わりにカウントダウンがあるかい?」
「ない」
「夢はいつだって前触れなしに終わる。まだ続きを見たいと願っても。ひとつだけ助言をあげよう。忠告ともいう」
「へー、なんだろう」
「明日、君が買いたいと思う馬券は買わないほうがいい」
「どうして」
「その理由は君自身が一番わかっているはずだよ」
「そうかもしれない。でも、それは助言というより予言だね」
「どっちだっていいさ」
「最後にひとつだけ質問していいかな?」
「ダメといってもどうせするんだろ」
「シャフリヤールは元気にやってるかな、北海道で」
「毎日、原っぱを飛び跳ねてるよ。たくさん飼葉を食べて」
「それはよかった。それを聞いて安心した」

コメント