競馬日記 87

目覚めると、ぼくの目の前に一頭の馬がいた。

「ようやく目を覚ましたみたいだね」

「君は?」

「名前なんかどうでもいいよ。ぼくは君が目を覚ますのをずっと待ってたんだ」

「ぼくを待ってた?」

「心配してたよ。ここのところずっと休んでただろ。明日は秋華賞だ。もちろん買う馬は決まってるんだろ」

「それより、ここはどこかな。やけに星空が綺麗だけど」

「サハラ砂漠だよ」

「サハラ砂漠? どうしてぼくはそんなところに」

「理由なんてないよ。馬券を買うのと同じだろ」

「そうか。そうかもしれない」

「さあ、ぼくの背中に早く乗って。東京競馬場までひとっ飛びだ」

「秋華賞は京都競馬場だよ」

「馬券は東京競馬場でも買えるだろ」

「そうかもしれない。そのまえにエジプトに寄っていいかな。せっかくここまで来たんだ、ピラミッドを見ておきたい」

「あんなの石を積み上げただけのお墓だよ。巨大な三角形をした。昔の王様はどうしてあんなものを作ったんだろう。大勢の奴隷を働かせて」

「実物をこの目で見ておきたいんだ。もう二度と来れないかもしれないだろ」

「君は思ったよりもわがままだね」

「そうかもしれない」

「もうすぐお別れだ」

「唐突だな」

「夢の終わりにカウントダウンがあるかい?」

「ない」

「夢はいつだって前触れなしに終わる。まだ続きを見たいと願っても。ひとつだけ助言をあげよう。忠告ともいう」

「へー、なんだろう」

「明日、君が買いたいと思う馬券は買わないほうがいい」

「どうして」

「その理由は君自身が一番わかっているはずだよ」

「そうかもしれない。でも、それは助言というより予言だね」

「どっちだっていいさ」

「最後にひとつだけ質問していいかな?」

「ダメといってもどうせするんだろ」

「シャフリヤールは元気にやってるかな、北海道で」

「毎日、原っぱを飛び跳ねてるよ。たくさん飼葉を食べて」

「それはよかった。それを聞いて安心した」

コメント

タイトルとURLをコピーしました